構成
多糖
1 前記争いのない事実等のほか,証拠(以下の各項末尾に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(1) 被告は,平成19年2月26日ころ,D銀行から平成19年3月末に組成予定のAに対するシンジケートローン(別件シンジケートローン)及び過払い金への参加の招聘を受けたが,これに参加せず,相対融資又は被告をアレンジャー兼エージェントとするシンジケートローンに取り組むこととした。(弁論の全趣旨)
(2) Aは,平成19年5月24日,同年3月期の決算書を確定させ,同年5月31日,これを確定申告書とともに半田税務署に提出した。(甲27の3)
(3) 被告は,Aの依頼を受け,平成19年6月ころから,同年9月末ころを貸付実行時期とするAに対するシンジケートローンの組成の準備を開始した。
被告は,平成19年8月29日,Aから正式にアレンジャーとなるよう依頼を受けて本件シンジケートローンのアレンジャーとなり,同日ころから同年9月上旬にかけて,原告らを含む10金融機関に対し本件シンジケートローンへの参加の招聘を行った。原告X1信金及び原告X3銀行は同年8月30日に,原告X2信金は同月31日に,それぞれ被告から招聘を受けた。
(弁論の全趣旨)
(4) 被告は,原告らに対する招聘を行った際,原告らに対し,それぞれ,Aの平成19年3月期決算書,本件参加案内資料(甲5)及び本件補足資料(甲6)を配布するとともに,口頭で,@本件シンジケートローンにおける貸付金の使途がBに対する前渡金であり,AがBとの間で前渡金を利用して月額15億円規模の仕入取引を行う場合,Aに月額1800万円,年間2億1600万円の収益メリットがあること,及び,A本件シンジケートローンにおける被告の貸付金額(参加額)を4億円とするが,被告は既にAグループに対して合計3億円の当座貸越枠を設定しており,これらの当座貸越枠による貸付金3億円について,本件シンジケートローンの貸付金の一部を返済に充てて当座貸越枠を閉鎖する予定であることを説明した。(甲6,43・2頁,乙23,証人F,弁論の全趣旨)
(5) 被告L支店の行員として本件シンジケートローンを担当していたFは,平成19年9月5日,本件シンジケートローンのエージェント口座作成手続のため,Aを訪問し,Cと面談した。(乙23,証人F,弁論の全趣旨)
(6)ア原告X1信金は,前記(4)の決算書等を分析し,これらについて不明な点を問い合わせるため,Aに対する質問事項を記載した書面を被告に送付し,平成19年9月10日,被告から回答を受けた。原告X1信金は,同月20日,本部稟議を経て,本件シンジケートローンに2億円で参加することを決定した。(甲7,31,弁論の全趣旨[枝番のある書証は特記しない限りすべての枝番を含む。以下同じ。])
イ原告X2信金は,前記(4)の決算書等を分析した上,平成19年9月21日,本部稟議を経て,本件シンジケートローンに2億円で参加することを決定した。(甲36,弁論の全趣旨)
ウ原告X3銀行は,前記(4)の決算書等を分析し,これらについて不明な点を問い合わせるため,Aに対する質問事項を記載した書面を被告に送付し,平成19年9月7日ないし同月10日ころ,被告から回答を受けた。
原告X3銀行は,同月18日,本部稟議を経て,本件シンジケートローンに1億円で参加することを決定した。(甲19,39[補足資料2],46,証人H,弁論の全趣旨)
(7) Fは,平成19年9月21日午前10時15分ころ,本件シンジケートローンの契約書一式への調印手続のため,Aの社長室を訪れた。
原告X3銀行の担当者であったHら2名は,遅くとも同日午前10時45分ころまでに,Cの連帯保証意思を確認するため,Aの社長室を訪れた。
その際,Fは社長室の応接セットのソファーに座り書類の確認作業をしていたが,Cの指示で社長机に移動し,Hらは,応接セットのソファーに座り,20分から30分程度Cと面談し,下記の原告X1信金の担当者らが社長室に到着するのと近接した時点で社長室を退室した。
その間,Fは社長机に座ったままであり,席を立つことがなかった。
原告X1信金の担当者であったIら2名は,遅くとも同日午前11時20分ころまでに,Cの連帯保証意思の確認,普通預金口座の作成及び出資加入手続のため,Aの社長室を訪れ,Cと面談した。
Fは,Iらの訪問から10分経たないうちに,社長室を退室し,帰社した。(甲44,46,50,乙23,証人H,証人I,証人F)
(8) 原告X2信金の担当者であったJら2名は,平成19年9月26日,Cの
連帯保証意思の確認及びAの出資加入手続のため,Aを訪問し,Cと面談した。(甲45,証人J)
(9) Cは,平成19年8月28日ないし同月29日ころ,D銀行から,D銀行に開設されたAの口座に入る売掛金の入金額がAの提出した資料の金額と合わず,平成19年3月期の決算書において不適切な処理がなされている疑いがある旨の指摘を受けた。
D銀行は,Cに対し,決算書に関して専門家による財務調査を行う必要があるとして,財務調査を行わなければ平成19年9月末以降の別件シンジケートローンの継続ができない旨を告げてこれを行うよう要請し,Cはこれを承諾した。
Cは,平成19年9月10日付けで本件書面(甲8)を作成し,これを別件シンジケートローンの各貸付人に対し送付した。
本件書面には,Aの平成19年3月期決算書において一部不適切な処理が記載されている可能性があるため,K株式会社(以下「K」という。)に決算書の精査を依頼する予定である旨が記載されている。(甲8,47,証人C)
(10) Kは,平成19年9月20日から同年10月29日にかけてAの財務調査を行った。
その結果,実在しない売掛金や前渡金が計上されていることをはじめとする種々の要因により,平成19年3月期決算書の数値(純資産の金額に影響を与えるもの)が実態数値よりも約40億円上回っており,Aが粉飾決算をしていたことが明らかとなった。
同決算書には,平成19年3月末現在,合計8億7985万1866円の前渡金が存するとしてその内訳の記載があるが,財務調査の結果,これらの前渡金のうち約7億0300万円については実在しないことが確認され,同決算書において3億円存在するとされたBに対する前渡金も存在しなかった。
Aは,同財務調査の費用2000万円を自社で負担し,これをKに対し支払った。(甲2の3,24,27の3,弁論の全趣旨)
(11) Aは,少なくとも平成17年3月期以降,継続的に粉飾決算を行っていた。(乙19の2)
(12) 本件貸付金9億円のうち,@3780万円は,平成19年9月28日,被告のアレンジャーフィーないしエージェントフィー(ただし,前記争いのない事実等記載の原告らの参加手数料を含む。)としてAから被告に対し支払われ,A2億円は,同日,Gの口座に入金され,その後,Gから被告への借入金(当座貸越)返済に充てられ,B1億円は,同日,Aから被告に対し借入金(当座貸越)返済として支払われ,C5億5000万円は,同日,AからBに対して支払われ,Bに対する買掛金債務の弁済に充てられた。
上記Cの5億5000万円は,Aが遅くとも平成19年9月20日までに仕入れた石油の代金債務(買掛金債務)の弁済に充てられたものであり,仕入前の石油の代金として支払われたものではなかった。(甲43,47,証人C,弁論の全趣旨)
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(1)アシンジケートローンは,複数の金融機関(貸付人)が協調して同一の借入人に対して融資を行う手法の一つであり,一般に,各貸付人間で融資条件の統一が図られ,融資の実行から回収に至るまで貸付人側の協調的な行動が予定されているが,各貸付人が直接の契約当事者となって借入人との間で金銭消費貸借契約を締結し,融資に係る権利義務も借入人と各貸付人との間で個別に発生するものとして構成される。本件シンジケートローンにおいても,「個別貸付」を「本契約に基づき貸付人毎に実行される金銭消費貸借取引」と定義した上(甲3・1条15号),各貸付人は,実行日に借入人に対し個別貸付を実行する義務を負うものとし(甲3・2条2項,1条7号),また,本件シンジケートローンに基づく貸付人の権利及び義務が個別かつ独立のものである旨を規定することによって(甲3・2条1項,3項),かかる趣旨が明らかにされている。
アレンジャーは,シンジケートローンの組成段階において,借入人との間で主要な融資条件を協議した上,借入人からその融資条件に従ってシンジケートローンに参加する金融機関を勧誘することの授権を得て,金融機関に対する招聘を行う主体であるが,借入人との間で委任契約ないし準委任契約を締結しているものと解され(なお,アレンジャーは,シンジケートローン組成の対価として借入人からアレンジャーフィーの支払を受けることとなる。),招聘の相手方となる各金融機関との間に契約関係は存しない。
この点は,本件シンジケートローンにおける被告についても同様といえる。
そして,アレンジャーは,借入人から提供を受けた情報に基づき,融資条件,借入人についての基本的な情報,財務状況等を記載した書面(いわゆるインフォメーション・メモランダム)を作成し,これを招聘先の金融機関に対して配布することがあるが,同書面には,@アレンジャーは単に借入人から提供された情報を借入人の依頼によりそのまま紹介しているにすぎないこと,Aアレンジャーが同書面中の情報の真正さを検証しているわけではなく,参加金融機関が独自に情報の真正さを検証する義務を負っていること,B同書面作成後の事情の変化等についてアレンジャーが追加の情報提供義務を負わないことなどを内容とする免責条項が置かれるのが通常であり,被告が配布した本件参加案内資料についても,留意事項として,被告が本件参加案内資料に含まれる情報の正確性・真実性について一切の責任を負うものではないこと,本件参加案内資料が招聘先の金融機関において参加を検討するために必要な情報をすべて包含しているわけでなく,招聘先の金融機関において,独自にAの信用力その他の審査を行う必要があることなどが記載されていることが認められる(甲5)。
このような借入人,アレンジャー及び貸付人間の関係に照らせば,被告は,そもそもシンジケートローンに参加する金融機関の利益の確保に努める主体ではない上,招聘を受けた金融機関である原告らは,自己の権限と責任において融資の可否を判断すべきものであり,融資の可否の判断に関し被告に一方的に依存する関係にはないから,本件シンジケートローンにおいて,原告らが主張するような一般的・抽象的な信認義務をアレンジャーたる被告に課すべき法的根拠はないというべきである。
信認義務違反ないしアレンジャーたる地位に基づく情報提供義務違反をいう原告らの主張は,採用することができない。
イもっとも,シンジケートローンへの参加を検討する金融機関は,適正な情報に基づき参加の可否の意思決定をする法的利益を有するというべきであり,具体的事情の下でアレンジャーが故意・過失によりかかる法的利益を侵害したといえる場合には不法行為責任を負うことがあると考えられる。
本件は,アレンジャーが特定の情報を提供しなかった不作為が問題とされている事案であって,そのような不作為が違法と評価されるためには,アレンジャーが信義則上参加金融機関に対して当該情報を提供すべき義務を負い,これに違反したことが必要であるというべきところ,信義則の適用に当たっては,当該情報の内容,性質,アレンジャーが当該情報を入手した経緯等の諸般の事情に照らし,当該情報を提供しないことが取引通念上容認し得ないといえるか否かという観点から判断するのが相当である。
そして,特定の情報(とりわけ借入人の信用力を否定する情報(いわゆるネガティブ情報))を提供しないことが取引通念上容認し得ないというためには,少なくとも,@当該情報が,招聘を受けた金融機関の参加の可否の意思決定に影響を及ぼす重大な情報であり,かつ正確性・真実性のある情報であること,Aアレンジャーにおいて,そのような性質の情報であることについて,特段の調査を要することなく容易に判断し得ることを要するというべきである。
けだし,金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用に関わる情報等の顧客情報につき,商慣習上又は契約上,当該顧客との関係において守秘義務を負い,その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されないと解されるが(最高裁平成19年12月11日第三小法廷決定・民集61巻9号3364頁参
照),アレンジャーは,上記のような取引関係上の一般的な守秘義務に加え,シンジケートローンの組成に係る借入人との間の契約(委任契約ないし準委任契約)上も,借入人に対する関係において守秘義務を負い,借入人が開示に同意しない情報を正当な理由なく第三者に開示することは許されないと解され,借入人の信用に関わる重大なネガティブ情報であっても,それが正確性・真実性のある情報であることをアレンジャーにおいて確認できない段階で外部に漏らせば,正当な理由のない開示行為として守秘義務違反となるおそれがあり,加えて,前示の借入人,アレンジャー及び貸付人間の関係に照らせば,アレンジャーが借入人に関して入手した情報が,招聘を受けた金融機関の参加の可否の意思決定に影響を及ぼす重大な情報であり,かつ正確性・真実性のある情報であることについて,アレンジャーにおいて独自に調査して明らかにする負担を課すのは相当でないからである。
なお,原告らは信義則上の情報提供義務違反を債務不履行責任と位置づけるべき旨主張するが,原告らと被告との間に契約関係がないことは前示のとおりであって,契約上の義務ないしその付随義務を観念する余地がないことからして,債務不履行責任が生ずる旨の主張は採用できない。
そこで,原告らの主張に照らし,被告が不法行為責任を負う否かを以下検討する。
(2) 粉飾決算に関する情報提供を怠った行為その1(前記第2の3(2)(原告らの主張)ア)について
ア前記争いのない事実,前記認定事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(ア) Eは,愛知県春日井市においてガソリンスタンドを経営する株式会社であり,Aから石油を仕入れていたものであるが,Aは,Eから,納入済みの石油の代金のほか,いまだ納入していない石油の代金を含める形で,将来における売掛金債務の決済の趣旨でEが振り出した約束手形を預かるようになった。
Aは,Eから預かった約束手形を,取引先への支払に充てたり手形割引に回すなどして,Aの資金繰りに利用していた。
(甲28,29,48,証人C・15頁,16頁)
(イ) 被告L支店は,平成19年2月ころ,Aから,満期日が振出日から約1年後のEの約束手形の割引依頼を受けたが,帝国データバンクの資料からEの信用力に懸念があったこと,当該約束手形の支払サイトが長かったことなどを考慮し,その割引依頼を断った。
その際,被告L支店の行員は,Cに対しEの約束手形の内容について問い質し,Cから,Eから前渡金に代わる前渡手形を預かっているものである旨の説明を受けた。(甲26・9頁,証人M・5頁,6頁)
(ウ) Aの平成19年3月期決算書中「受取手形の内訳書」欄には,Eを振出人とする7通の受取手形の記載があるが,その額面はいずれも2250万円であり,振出日から支払期日までの期間はいずれも3か月ないし3か月半程度であり,7通のうち支払期日の最も遅い手形の支払期日は平成19年6月30日である。(甲27の3)
(エ) Kによる財務調査の結果,Aの平成19年3月期決算書におけるEの受取手形の記載金額につき,約2億7800万円分の計上漏れがあったことが判明した。(甲2の3)
イまた,前記1の認定事実によれば,被告は,Aに対する相対融資又はシンジケートローンに取り組む必要から,Aが平成19年3月期の決算書を確定させた平成19年5月24日に近接した時期に,同決算書を入手し,その内容を確認したことが推認できる。
ウ原告らは,前記ア(ア)ないし(ウ)の事実をもって,@被告が,平成19年2月ころ,AがE振出に係る原因関係たる売買代金債権が発生していない手形を割引に回して資金繰りに利用している事実を認識していたものであり,A<ア>被告が,平成19年5月末ころ,平成19年3月期決算書の内容を確認した時点で,決算書に記載されていないE振出に係る受取手形が存在することを知ったものであり,<イ>仮にその時点で認識しなかったとしても,本件補足資料にEの受取手形の金額に関する記載があることから(甲6・6頁),本件補足資料を作成した時点で決算書の記載を確認し,決算書に記載されていないE振出に係る受取手形が存在することを知ったものである旨主張する。
しかしながら,上記@の点については,被告が割引依頼を受けた当該手形に振出しの時点で原因関係たる売買が成立していない部分が含まれるとしても,AとEとの間で継続的な取引関係が存する以上,将来における石油の納入及びそれによる売掛金債務の発生が見込まれることは明らかであって,直ちに融通手形と評すべきものとはいえず,本件シンジケートローンとの関係で参加金融機関の参加の可否の意思決定に影響を及ぼす重大な情報とまではいえない。
仮にこれが融通手形と評すべきものであり,Aの資金繰りの困窮の兆候を示すものであったとしても,現実に資金繰りに困窮しているか否かは財務調査をしないと正確な状況が確認できない性質のものであること,被告はAの平成19年3月末の財務状況が示された決算書を確認しており,同決算書上,資金繰りの困窮の兆候を示すものであったとは認められないこと,被告は同決算書に過大な粉飾があるとは認識していなかったこと,上記@の事実は被告が本件シンジケートローンとは関係のない取引において知り得た情報であることなどに照らせば,被告が上記@の事実を原告らに提供しなかったことが取引通念上容認し得ないものとは到底いえないというべきである。
また,上記Aの点についても,被告L支店がAから割引依頼を受けた時点とAの平成19年3月期決算書の締日(同月末日)が異なることからすれば,同決算書中「受取手形の内訳書」欄に記載のEの受取手形7通のうち支払期日の最も遅い手形の支払期日が平成19年6月30日であることをもって,直ちに同決算書に計上漏れがあるかどうかを判断し得るものでなく,前記ア(エ)のとおり,Kによる財務調査によってはじめて計上漏れが明らかになったものであり,被告が本件シンジケートローンの貸付実行前に計上漏れの事実を知っていたとは認められない。このことに加え,仮に計上漏れがあったとしても,それが意図的なものかどうかは不明であること,被告がたまたまAから満期日が振出日から約1年後のEの約束手形の割引依頼を受けたことがあったからといって,計上漏れの可能性について疑義を抱いた上,独自に調査する義務を負うものでもないことからすると,被告がAの平成19年3月期決算書に記載されていないE振出に係る受取手形が存在するとの情報を原告らに提供しなかったことが取引通念上容認し得ないものとは到底いえないというべきである。
したがって,上記@及びAのいずれの事実についても,被告が原告らに対し信義則上提供する義務を負っていたものとはいえず,この点に関する情報提供義務違反をいう原告らの主張には理由がない。
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